ことばの通い路

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令和版「世紀の対決」

「世紀の対決」

競馬ファンが「世紀の対決」と聞いて真っ先に思い出すのは、トウカイテイオーメジロマックイーンの最初で最後の対決となった1992年の天皇賞・春だろう。

競馬を見始めてまだまだ日が浅く、そもそも1992年にはまだ生を受けていなかった筆者にとっては、その当時の盛り上がりは当然ながら知るはずもない。

過去を振り返ると、戦績だけを見ればトウカイテイオーメジロマックイーンレベルの馬が複数頭顔を合わせたレースは多数ある。

それなのになぜこのレースだけが「世紀の対決」と呼ばれたのだろう。

92年天皇賞・春を振り返った記事などを読むと、各馬の血統的背景、歩んできた路線に付随するそれぞれの人気、またその当時の景気にも支えられたまさに全盛期とも言うべき競馬人気に後押しされ、スポーツという話題の垣根を越えて大衆の関心事になったことが大きいということらしい。

つまり出走する馬の強さだけでなく、大衆全体を巻き込むような競馬熱が必要ということか。

2020年ジャパンカップ

今年のジャパンカップのメンバーを今更詳しく語る必要もない。

一足先に無敗の牝馬三冠を達成したデアリングタクトがジャパンカップ出走を表明すると、翌週の菊花賞で無敗の三冠を達成したコントレイルもそれに応じるようにジャパンカップ参戦を表明。

さらに翌週、平地GⅠ最多の8勝を挙げたアーモンドアイが引退レースにジャパンカップを選択したことで、三冠馬三頭揃い踏みのレースになることが決まった。

三冠馬が複数頭同一レースに出走したのは、シンボリルドルフミスターシービーが3回*1オルフェーヴルジェンティルドンナが1回*2の計4回しかない。

もちろん三冠馬3頭が顔を揃えたのは今回が史上初めてのことだ。

まさに「世紀の対決」と呼ぶにふさわしいメンバーが揃ったと言えるだろう。

であれば、"競馬熱"の方はどうか。

繰り返しになるが筆者は92年当時の、先代「世紀の対決」の頃の競馬人気は経験していないので、比較してどうこうと言うことはできない。

しかしながら、少なくとも筆者が競馬を見るようになった2018年以降では、一つのレースにかかる盛り上がりとしては間違いなく過去最高のものだった。

その盛り上がりの余波は競馬ファンだけではなく、普段競馬を見ないような人たちにまで伝播していたという実感がある。

NHKや民放ではコントレイルとデアリングタクトの特集番組を制作しジャパンカップ直前週にも再放送をしていたり、スポーツ紙ではない一般紙でも取り上げられていた。*3

92年のようにテレビやラジオ、新聞だけの時代ではなく、様々な情報媒体で特定のコミュニティが活動を広げられる現代*4でも、大衆の目に留まるところでこういった扱いを受けるというところに伝播の一端を感じるように思う。

また筆者個人の話をすれば、過去にたった一度だけ競馬場に誘ったことのある友人から、ジャパンカップの馬券の買い方のアドバイスを求められた。

その一度以来競馬の話をしたことはなかったため非常に驚いたと同時に、そのようなあまり競馬に関心を持っていない人にまでこのレースが関心事として受け入れられているという事実にとても嬉しくなった。

多少強引かもしれないが、これらのことから現代なりの"競馬熱"は醸成されていたと考えたい。


メンバーレベルと前評判だけでなく、実際のレースはどうだったのかと言えば、まずは自分の目で見るのが一番だろう。

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馬券の勝ち負けこそあれ、レースを見た人々の率直な感想はおそらく同じようなものになるのではないだろうか。

少なくとも筆者は、最高のメンバーで行われた最高のレースだったというように思う。

アーモンドアイは筆者が競馬を見始めた2018年に牝馬三冠を達成し、返す刀でジャパンカップ優勝とあっという間にトップホースの階段を駆け上がった。

その後も日本競馬の中長距離路線には常にこの馬が君臨し続け、勝った時も負けた時も話題の中心だった。

再び個人的な話になるが、まさに筆者の競馬歴はこの馬と共にあったと言っても過言ではない。

2019年の有馬記念での大敗はショックが大きかったが、決意を新たにし以降全レースで本命を打ち続けると心に決めた。*5

GⅠ8勝も達成し、三冠馬2頭の挑戦状を受ける形で臨んだこの舞台。正直不安がない訳ではなかった。

レース間隔は言わずもがな、当日の馬場も必ずしもこの馬に味方はしないと思っていたし、何より三冠馬2頭は本当に強い。

特にコントレイルの菊花賞は並の馬なら負けていたレースだ。

まさに無敗三冠馬に相応しい、底なしの強さを見せたレースで、デアリングタクトも斤量の有利に加え過去の三冠牝馬アーモンドアイやジェンティルドンナが勝ったように相性の良い秋華賞ローテで挑んでくる。

この馬たち相手に、アーモンドアイは不安を抱えて勝ちきれるだろうか。

そんなことを延々と考え予想も悩んだが、最終的にはここまで共に歩んできたアーモンドアイに託すことにした。


結果は筆者にとって最高の結果となり、三冠馬2頭も強さを見せる内容で、勝ち負けを抜きにしてもメンバーレベルを証明するような素晴らしい内容だった。

コントレイルやデアリングタクトを本命にして悔しい思いをした人もいただろう。

しかし、このレースの内容自体にケチをつけるような人はほとんどいないのではないかと思われる、そのくらい素晴らしいレースだった。

令和版「世紀の対決」

92年の頃を知る人に当時の競馬人気を聞けば、きっと「こんなものではなかった」という答えが返ってくるだろう。

もちろんその頃の熱狂的とも言えるような競馬熱は当時だけの半ば一過性のものだっただろうし、今更それを同じものを望んでいる訳でもない。

20世紀には20世紀の競馬人気があったように、21世紀には21世紀の競馬人気*6があり、さらに言えば令和には令和の競馬人気のあり方があっても良いのだ。

メンバーレベル、競馬熱、実際のレース内容の、三拍子揃った2020年ジャパンカップ

21世紀版、いや令和版「世紀の対決」と呼ぶにふさわしい一戦だったのではないだろうか。

*1:1984ジャパンカップ有馬記念、1985年天皇賞・春

*2:2012年ジャパンカップ

*3:有終のアーモンドアイ、無敗馬2頭が挑む 29日ジャパンカップ 三冠馬世紀の対決https://www.sankei.com/premium/news/201127/prm2011270002-n1.html

*4:わざわざテレビや新聞などの巨大メディアを使わずとも、TwitterSNSなどで十分にコンテンツを発展させることができるという意味において。

*5:無論その前からアーモンドアイが走ったレースは全て本命を打っていた。

*6:ディープインパクトを中心とした一連のムーブメントが挙げられるだろう。